2018年03月24日

京都の名所旧跡ご紹介122 金攫八幡宮

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桜の名所「平野神社」を北へ。
「わら天神」の少し手前にある神社です。
別名「小北山八幡宮」。

江戸時代の貞享2年(1685年)、
石清水八幡宮から、
八幡神(応神天皇)を分霊して、
現在の場所に創建されました。

小北山八幡宮と呼ばれるのは
創建当時、このあたりが、
葛野郡衣笠村字小北山という
地名だったからでしょう。
地域の産土神として
親しまれている神社です。
応神天皇がご長寿だったことから、
寿命を延ばすご利益があるとされています。

いまは西大路通りに面していて、
周りには住宅街が形成されていますが、
創建当時は田んぼばかりの土地に
わずかな住居が点在するような、
寂しい場所だったようです。

境内東側には
高さ8.5m、周囲1.63mある
黄金モチの木があり、
秋には赤い実をつけるそうです。

「一攫千金」の「金攫」に
「コガネモチの木」がある割には
お金の匂いの全くしない神社です。

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posted by 涌井慎 at 12:19 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

NO.856 お弁当のなかに救世主が。

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お弁当のなかに
メシアがおられました。

迷える私を、
救ってくれるんでしょうか。

posted by 涌井慎 at 17:08 | Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

京都の名所旧跡ご紹介121 市五郎大明神

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西大路御池北東、
住宅街に突如現れる
何やらおどろおどろしい雰囲気の神社です。

ものすごく古い歴史をもつ神社っぽいのですが、
創建は明治10年(1877年)と意外に新しく、
岡崎に住んでいた北村利幾子さんによって、
御土居跡に創建された祠に
市五郎大神を祀ったんだそうです。
 
北村利幾子さんのことが気になったので、
検索してみたのですが、
市五郎大明神のことしか出てきませんでした。
これをネット検索の無限回廊と呼びます。
どんな人やったのか、非常に気になります。
 
御土居というのは豊臣秀吉さんが、
長い戦乱で荒れ果てた
京都の都市改造の一環として、
「外敵に備える防塁」と
「鴨川の氾濫から市街地を守る堤防」として、
天正19年(1591年)に
多くの経費と労力を費やして築いた土塁です。

東は鴨川、北は鷹ケ峰、西は紙屋川、
南は九条あたりに沿って築かれました。
 
土塁の内側を「洛中」、
外側を「洛外」と呼び、
要所にはいわゆる「七口」と呼ばれる
出入り口を設けました。

江戸時代になると天下泰平の世が続き、
次々と取り壊され、
北辺にわずかに名残を
とどめるのみとなったそうです。
現在、9か所が「史跡」に指定されていますが、
有名なのは「北野天満宮」の御土居ですね。
 
あとは鷹ケ峰のあたりや、
府立大学の近くにもあった気がします。
市五郎大明神のある場所も、
大正13年、学校を建設する計画が立てられ、
御土居の土取りが行われましたが、
神社の付近に及んだ際、
事故が相次いだそうです。
このため「祟り」を恐れて
工事は中止になったというお話が残っています。
 
こちらの御土居が残されているのは
市五郎大明神のおかげ。
それはつまり、
北村利幾子さんのおかげでもあるわけです。
ますます気になる北村利幾子さん。

posted by 涌井慎 at 15:20 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月21日

NO.855 俵万智

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この味が
いいねと君が言ったから
3月21日はサワラ記念日。

サワラ万智。

posted by 涌井慎 at 15:46 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

NO.854 新宿駅南口交通ターミナル

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バスタ新宿って言うんですってね。

昔はよくライブで
新宿にも行ったものですが、
もうかれこれ10年は東京なんて
行っていないので、
全くわからなかったです。

「パスタ新宿」で検索したら、
ちゃんと「バスタ新宿」が出てくるもんなぁ。

俺なんて、あっという間に
AIに取って代わられそうや。

posted by 涌井慎 at 18:09 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

NO.853 アルコール度数高めのお弁当

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危ないところでした。
ヘネシーコニャックなら、
私、今頃酔いつぶれている頃ですが、
かろうじてヘネシーコンニャクやったので、
いまもちゃんと仕事ができております。

お酒が入ると、
もうなんにもできなくなっちゃいますからね。。


posted by 涌井慎 at 17:41 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

京都の名所旧跡ご紹介120 念佛寺

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念佛寺
 
右京区山ノ内にある神社です。
最寄駅は「山ノ内駅」です。
 
天台宗の開祖・最澄さんの母、
妙徳尼ゆかりのお寺です。
妙徳尼さんは
夫の百枝さんと死別したあと、
生誕の地であるここ山ノ内で
最澄さんの身を案じながら、
暮らしていましたが、
当時、比叡山延暦寺は女人禁制だったので、
母といえども、
最澄さんの様子を見に行くなんてことは
できませんでした。
 
そんななか、最澄さんは、
妙徳尼さんのために慈母観音像を刻み、
その像を送りました。
妙徳尼さんがこの観音様を
とても大切にしていたことは
いうまでもありません。
 
やがて弘仁8年(817年)、
妙徳尼さんが71歳でお亡くなりになると、
最澄さんは延暦寺で法要を営みました。
駒札には百僧をもって供養し・・と
書いてありますので、
それはそれは
盛大な法要だったのではないでしょうか。
 
その後、最澄さんは
妙徳尼さんの菩提を弔うため、
現在の場所を「比叡山ノ内」として、
お寺を建立され、
阿弥陀如来を安置しました。
これが念佛寺です。
阿弥陀如来は鉄で鋳造された秘仏です。

posted by 涌井慎 at 13:47 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする