2017年07月21日

NO.750。ウサギになりたい。

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亀が賞賛されがちな「ウサギと亀」。
ですが、
たぶん皆んな、
ほんとはウサギになりたいんじゃなかろうか。

皆んななりたいけど、
一握りの人間しかウサギにはなれない。
だから亀を美徳とすることで、
気持ちを落ち着かせたのではなかろうか。

そんなことを考えた今日のお弁当、
カメじゃなくてマメでした。
ご飯の上に乗ってる枝豆は
房だけで、中に豆は入ってませんでしたが。

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posted by 涌井慎 at 16:37 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

京都の名所旧跡ご紹介11。八坂神社

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木曜日はお弁当がないので、
京都のラジオ局のディレクターらしく、
京都の名所旧跡をご案内いたします。
今回は八坂神社です。

四条通り、東の突き当りにある「八坂神社」。
写真の西楼門が全国的に有名ですが、
八坂神社の「正門」は
この西楼門ではありません。
八坂神社の本殿は南向きなので、
境内南側にある「南楼門」が「正門」です。

 長い歴史をもつ神社なので、
創建については諸説ありますが、
平安遷都より昔、
656年に高麗からやってきた使節の方が、
新羅国の牛頭山におられた
素戔嗚尊をお祀りしたのが
その始まりだといわれています。
(さっきも書いたけど諸説あり)

「祇園祭」は 「八坂神社」の祭礼。
お祭りの期間中、
街のいたるところで目にする
「蘇民将来子孫也」と書かれたお札は、
素戔嗚尊にまつわる逸話が由来になっています。

その昔、素戔嗚尊が南海に旅をされた際、
湯上谷、門田、バナザードといった選手は
まだ在籍しておらず、
辺りで一番お金持ちの「巨旦将来」という人物に
宿を請いましたが、「巨旦将来」は
「うちは貧しいから泊められない」と
ウソをついて断りました。

↑こういう奴だったからこそ
お金持ちになれたという説も私の中に。

困った「素戔嗚尊」が 
途方に暮れて歩いていると、
今度は「巨旦将来」の兄「蘇民将来」のお家に
辿り着きました。

「蘇民将来」のお家は 
非常に貧しかったのですが、
「素戔嗚尊」が宿を請うと、快く受け入れて、
粟のご飯を炊いて、おもてなしをしたそうです。

 この「蘇民将来」の真心を込めた振る舞いに
「素戔嗚尊」は、たいそうお喜びになられて、
後日、再び、「蘇民将来」の家を訪ねた際、
厄除けの御利益のある「茅の輪」を手渡して、
腰に付けておくように命じました。

 このとき、「素戔嗚尊」は、
“後の世に疫病が流行っても、
「蘇民将来の子孫」と名乗り、
茅の輪を腰に付ける者は
疫病から免れるであろう“と
言い残したとされています。

「蘇民将来子孫也」と書かれたお札は
この逸話にちなんでいます。

 祇園祭は明日から後祭の宵山期間。
前祭に比べると
地味な感じがありますが、
こちらはこちらで味があります。
前祭ほど「バズらない」ので、
ゆっくり散策できるのも嬉しい。

posted by 涌井慎 at 21:44 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

NO.749。日本むかし話。

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ゴーヤ〜〜〜〜、
良い子だ寝んねしな♪

夏にピッタリ、
清々しいダジャレです。
ゴーヤのジャコ和えが
大変美味しゅうございました。

近畿は梅雨明け。
ゴーヤの美味しい季節の到来ですね。

posted by 涌井慎 at 13:04 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

NO.748。海辺のじゃないよ。

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シシド・カフカ。
シシトウ・カフカ。

いつもながら、
なんのメッセージ性もないお弁当です。

posted by 涌井慎 at 12:51 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

NO.747。大相撲、盛り上がっています。

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もうすぐ今日も結びの一番です。
宇良が頑張ってますね。

あのアクロバティックな感じ、
大相撲に新風を吹き込んでくれそうです。
と、言うてるうちに今、
日馬富士に勝って初金星をあげました。
こいつは本物やで!!!


そしてお弁当のほうは、
ナスビでNO.1と書いて
「なすびの一番」です。
なかなか難問やったで、これは。

posted by 涌井慎 at 17:50 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

京都の名所旧跡ご紹介10。武信稲荷神社。

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祇園祭真っ只中なのに、
関係ない神社でごめんなさい。
そして、
お弁当のブログに
そもそも、関係のない記事でごめんなさい。

さて、
右大臣の藤原良相さんが、
「延命院」という一族の療養施設を建てまして、
その守り神として創建されたのがコチラ、
「武信稲荷神社」です。

すごく説明しにくいんですが、
ざっくり言うと
三条会商店街の西友の辺りを
南に下がったところにあります。

後に藤原武信さんという方が
厚く信仰したことから、
その名が付いたといわれています。
 
漢字の第一印象で
武田信玄を思い浮かべがちですが、
なんの関係もありません。
有名な歴史上の人物ですと、
信玄さんより、坂本龍馬さんに縁があります。
 
江戸時代末期、龍馬さんは追手から逃れるため、
妻のおりょうと
離れ離れの日々を送っていましたが、
そんなとき、龍馬さんは
二人の想い出の場所である
この神社にそびえ立つ、大きなエノキに
「龍」の字を彫りました。
 
「おう、わいや。龍馬や。
これで、べっぴんの嫁のおりょうも、
わいがここに来たことがわかるやろ?」
↑土佐弁に自信がないので
番長日記風にしてみました。
 
そうして二人は晴れて再会を果たしたのでした。
そんなわけで「武信稲荷神社」には、
縁結びの御利益を求めて
参拝される方も多いそうです。
 
さて、では「武信稲荷神社」が
なぜに二人の想い出の場所なのか?
当時、神社の前には獄舎がありまして、
おりょうのお父さんが捕らえられていました。

お父さんは勤王の志士たちを支援したため、
安政の大獄で捕まっていたんです。

おりょうはお父さんを心配して、
恋人の龍馬さんと共に、
面会に向かうのですが、果たせず、
やむなく、高いエノキに上って、
木の上から安否を確かめたんだとか。
 
しかしながら、二人の出会いは
おりょうのお父さんが
亡くなった後だったという説もあり、
真偽は不明です。

posted by 涌井慎 at 16:08 | Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祇園祭前祭の宵宵山。昨日のお話。

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昨日はコレがありまして。
すっかりブログのアップを
忘れてしまいました。。

今年は3連休が
宵宵山、宵山、山鉾巡行と、
カレンダーの魔術がありまして、
例年より人が多いみたいです。

といっても、
毎年50万人くらい来てますので、
50万人が51万人に変わろうが、
正直あまりわかりません。

5人が10人に増えたら
間違いなくわかるのに、
50万人が51万人になってもわからないって
不思議ですね。

今日は昨日の宵宵山より、
人が多くなりそうです。
ニッポンの夏、京都の夏。

本日、祇園祭前祭の宵山です。

posted by 涌井慎 at 09:50 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする