2017年09月30日

京都の名所旧跡ご紹介41。大泉寺

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西は西洞院通りから東は東洞院通りまで、
北は松原通りから
南は五条通りまでの「修徳学区」に
2013年、地域の人が選んだ
44件の文化財が誕生しました。
「修徳まちなみ文化財」。
 
明治や大正の面影を伝える民家、
町家の雰囲気を取り入れた
マンションなどが残る修徳学区。
「大泉寺」はその修徳学区にあるお寺で、
「修徳まちなみ文化財」にも選ばれています。
 
コチラは「花園殿」という
九条兼実さんの別邸のあったところで、
かつて、法然上人がお月見をしたという
逸話が残されていることから、
町の名前も「月見町」となっています。
 
お寺のことは このくらいしかわからないので、
少し「修徳学区」のことを。
このあたりは 平安時代から鎌倉時代にかけて、
政治の中心にありました。
故に「大泉寺」のような九条兼実さんや、
藤原俊成さん、法然さん、親鸞さん、
九条兼実さんの政敵の源通親さんに
ゆかりのある史跡が残されています。
 
そんな由緒あるエリアでありながら、
少子化の流れには抗えず、
修徳小学校は廃校になりました。
それでも 地域は当時の修徳学区を
1単位として街づくりを進めています。
 
もともと、
京都の小学校の単位となった町割りは、
戦国時代、織田信長から
自治権を認められた歴史があります。
明治時代には その町割りを基礎にして
小学校ができました。
そういった歴史があるからこそ、
地域の人々は「学区」という単位に
誇りをもっておられるんですね。
 

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posted by 涌井慎 at 11:29 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

NO.785。咲いた咲いた

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咲いた咲いた
キューリップの花が。
並んだ並んだ
緑黄緑緑色。

キュウリ夫人以来の登場ではなかろうか。
キュウリ。

いま、NHK「サラメシ」のHPにて
我が家のお弁当のことが
紹介されているようです。

昔、メディアに取り上げられた
お弁当も好きですが、
いまの感じも、
なんというか、
構えてなくて好きです。
いや、前から構えてないんですけども。

この「好きだな」と思う感覚は
スピッツの「魔法の言葉」
みたいなもんなのでしょうか。
知らんけど。

posted by 涌井慎 at 16:36 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

京都の名所旧跡ご紹介40 斑女塚

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前回取り上げた
「繁昌神社」のすぐ近くにあります。

平安京の頃、この辺りには
藤原氏の邸宅がありました。
おそらく豪勢なお屋敷だったと思われ、
立派なお庭もあったそうで、
そのお庭の池の中に作られた島(中島)に
弁財天をお祀りしたのが、
「班女の宮」の始まりであるとされています。
 
その昔、このあたりは
「オハンニョ町」と呼ばれていて、
町のみんなで「班女の宮」をお守りして、
逆に「班女の宮」に守られながら
人々は暮らしていました。

やがて時代は移り、
界隈が商業の中心となった江戸時代中頃から、
「班女」が転じて
「繁昌」と呼ばれるようになったそうです。
 
我々のよく知るところでいうと、
「するめ」を「あたりめ」に変えてみたり、
「菖蒲」を「尚武」「勝負」にかけてみたり、
日本人の言語感覚って素敵だなと思うのです。
現代の「ダジャレ」にも
つながるものなのではないでしょうか。
 
なんにせよ、昔から
「言葉」をとても大切にしてきたわけです。
誰しもが簡単に
「言葉」で発信できるようになったいま、
もっともっとセンシティブに
「言葉」のもつ力について、
考えていかねばなりません。
 
さて、「班女の宮」は 
昨日取り上げた「繁昌神社」と共に、
「神宮寺」
(神社に付属して建てられたお寺)として、
真言宗の僧侶によって管理されていましたが、
明治時代、神仏分離令によって、
神社だけが残ることになりました。

posted by 涌井慎 at 19:33 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

NO.784。安室奈美恵引退で揺れるなか

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安室奈美恵引退が話題になるなか、
我が家のお弁当はtrfでした。

ごまご飯の上に
クレイジーからの↑。

これは多分、
クレイジーを繰り返せということでしょう。
クレイジーごまクレイジー。


ゴマを散りばめてるようなお弁当を
車から見ているよ。

posted by 涌井慎 at 18:58 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

NO.783。徹夜明け

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人生で「完全なる徹夜」、
「完徹」を私は数回しか、
経験したことがありません。

30歳から一年間くらいの間でしょうか。

今の仕事に入りたての頃、
要領を得ず、容量もなかったため、
けっこうそういうことがありました。

あの頃があったから今がある
と思いますが、
あの頃には絶対に帰りたくない。
でも、
そういう「帰りたくない場所」が
一つくらい存在しているほうが、
いいのかな?という気はしています。

いや、
そうやって
思い返せる感じの「帰りたくない場所」
だから良いのでしょう。
そうじゃない、
嫌悪感しか残らない「帰りたくない場所」も
ありますからね。


いまはとにかく、
不快な場所には関わらない!!
これが一番だと思っています。


徹夜明けはしんどいけど、
徹夜揚げなら大歓迎です。
今日も美味しゅうございました。

posted by 涌井慎 at 13:54 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

NO.782。四隅の昆布は関係ない

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完全に四隅の昆布ありきで
いろいろと考えましたが、
関係なかったみたい。

余ったから入れたんですと。

この飾らない感じが好きです。
プロなら怒られるんでしょうけど。

つくづく、
好き勝手やれるアマチュアって
楽でいいなと思いますね。

プロじゃないことに慣れてしまった
アマチュアミュージシャンが
目の前にいる少しばかりのファンに甘えて
どんどんどんどん、
魅力を失っていくのがよくわかります。



飯の上に昆布で「り」と書いてあります。
「どんぶり飯」ではなく「こんぶり飯」。
「どんぶり飯」の上に
こんぶが2本乗ってるだけやとイヤですが、
「こんぶり飯」なら納得です。

posted by 涌井慎 at 17:14 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

京都の名所旧跡ご紹介39 繁昌神社

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とにかくあやかりたいと思う名前の神社です。
ご祭神は「宗像三女神」。
神様の世界における
「花の中三トリオ」みたいなものですね。
知らんけど。
 
「宗像三女神」は
田心姫命、
市杵島姫命、
湍津姫命。
 
皆さん、海上交通の神様で、
商品流通の守り神でもあることから
「市の神様」として親しまれています。
江戸時代には「功徳院」という名前を持ち、
真言宗の僧侶さんが管理していましたが、
明治の神仏分離で神社だけが残りました。
 
もともとは牛頭天皇の妃
「針才女」を祀っていました。
「針才女(はりさいじょ)」が訛って
「班女(はんじょ)」となり、
やがて「繁昌(はんじょう)神社」に
なったんですって。
※↑諸説あり
 
後世の書物には「班女と繁昌は同音のため、
男女参拝し、子孫繁栄を祈願する」と
書かれています。
また、宗像三女神のうち、
「市杵島姫命」が、「弁財天」であると
解釈されることから、
商売繁盛や諸芸上達の御利益があると
されています。

posted by 涌井慎 at 15:32 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする