2017年10月14日

京都の名所旧跡ご紹介46。拾得

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Coffee House拾得は
歴史深いライブハウスでありながら、
捨得と表記されたり、
「じっとく」なのに
「じゅっとく」と呼ばれたりします。
 
いまはわかりませんが、
私が大学生だった頃は、
「初めて学外でライブをする場所」といえば
「拾得」でした。
当時、「ザ☆マジシャンズ」という
バンドをしていて、
デモテープを送り、出演させていただきました。
いま思えば、なんと贅沢な話でしょうか。
 
基本的には2マンライブの形式で、
もう覚えていませんが、
いろんなバンドと対バンしました。
いわゆる“大御所”的な方々と
ご一緒させていただいたこともあるはずです。
いろんなバンドの皆さんと出番前に
2階の控室で話をするのも楽しかった。
あの時間をもっともっと
大切にしておけばよかった。
 
自主企画のライブイベントも
させていただいたし、
片山ブレイカーズの企画イベントに
バンドとして出演させていただいたり、
司会としてステージに上がらせていただいたり。

片山ブレイカーズ企画では、
片山ブレイカーズ、騒音寺、
ザ☆マジシャンズの3マンのはずが、
ちょっとした手違いで、
和歌山の「ビターテイスト」というバンドも
入ることになった。

ビターテイストの曲のなかで、
「これがセックス!」と歌う曲があり、
この場に書くのを憚られる歌詞だったのを
覚えている。
 
出演しても、お客として見に行っても、
ほとんどの場合は酔いつぶれた。
私以外にも、いろんな人が酔いつぶれた。
電気ブランは3杯めで記憶がなくなった。
宮一敬さんの「ちょんまげ」を
初めて見たのも拾得だった。
 
先日、久しぶりに当時、
住んでいた金閣寺のあたりから、
拾得までの道のりを自転車で走ってみた。
もう10年以上経つのに
足しげく通った拾得への道を走っていると、
当時のことが、どんどんフラッシュバックした。

しかし、その道は拾得へ向かう道ではなかった。
記憶などいい加減なものだ。
仕方あるまい。
あの時の記憶は
全て電気ブランに飛ばされている。

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posted by 涌井慎 at 20:32 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

NO.793。成功する

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まさか、
おかずそのものではなく、
かけてあるソースで
ダジャレを作るとは。

その試み、大成功です。
功を奏しましたよ。
功を奏す。
功をソース。

posted by 涌井慎 at 19:36 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

京都の名所旧跡ご紹介45 大政所御旅所

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烏丸仏光寺にある
小さな小さなお社です。
 
コチラは祇園祭の神輿渡御の際、
3基のお神輿のうち、
素戔嗚尊を祀る「大政所神輿」と
八柱御子神を祀る「八王子神輿」の2基が
置かれる場所だったそうです。

残る1基、櫛稲田姫命を祀る「少将井神輿」は、
烏丸竹屋町の御旅所に置かれていましたが、
天正19年(1591年)、豊臣秀吉により、
四条寺町にある現在の御旅所に
移築・統合されました。
 
さて、どうしてこの地が
もともと御旅所となっていたか?といいますと、
円融天皇の時代(969年〜984年)、
この地に住んでいた秦助正さんが、
夢の中で八坂大神のお告げを受け、
さらに、にわかには信じられない話ですが、
助正さんの自宅のお庭から八坂神社まで、
蜘蛛が糸を引いているのを見て、
朝廷にこのことを申し上げた結果、
御旅所になったといいます。
 
のちに天文5年(1536年)に騒乱のため、焼失。
焼失後は町の人々が小さな祠を建てて、
八坂大神をお祀りしました。
いまでも神輿渡御の際は お神輿が立ち寄り、
神職さんが拝礼するそうです。

posted by 涌井慎 at 21:45 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

NO.792。1回目は鮎で「アユ」と書いていた。

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思えばダジャレ弁当1回目は
鮎で「アユ」と書かれていました。
我が目を疑うお弁当でした。

今日のお弁当は
ワカメを疑うお弁当でした。

はや792作目です。



posted by 涌井慎 at 14:39 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

NO.791。西谷堂のぐーどすえ金つば。

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婦人画報さんの編集部が
イチ押しする京都のお取り寄せは
西谷堂のぐーどすえ金つばらしい。

ちょいちょいと検索すれば、
こういうことが出てくる。
便利な世の中です。

でも、
便利だからこそ、
みんな不便に飢えているような気もします。
例えば、
バスで行けるところに
あえて歩いていくとか。

そういう「不便を楽しむ」という
ニーズが確実に存在しています。
この「不便を売る」というのは
今後、というか、いま既に
大切になってきているように思うのです。

便利さを求め、
我々は生きてきましたが、
いま、転換期に来ているのではなかろうか。

お鶏よせ弁当から、
そんなことを考えてしまう
便利な世の中だからこそ。

posted by 涌井慎 at 13:28 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月09日

NO.790。短パン履いてそうな

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いや、ギターポップといえば、
やっぱりカジヒデキと違うんかな。

アジヒデキにした途端に
ずいぶんと哀愁が漂うよね。

カジさんも、
あと30年後に、いまのスタイルのまま、
いられるか、わからんし、
このアジヒデキ的佇まいは
ヒントになるんと違うかな?

ご本人が見るわけがないと思ってるさかい、
好き勝手言うてます。
ごめんなさい。


スウェーデンに行きたくなります。

posted by 涌井慎 at 20:41 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

京都の名所旧跡ご紹介44 長円寺

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松原大宮西入ルにある浄土宗本派のお寺です。

慶長13年(1608年)、
京都所司代の板倉勝重さんが、
清巌和尚に開基になってくださいと
お願いして建立したのが始まりです。
勝重さんが亡くなったあと、
法名の「長円院」にちなんで
「長円寺」という名前にしたそうです。
 
京都の歴史あるある、
「天明の大火」でお寺は焼失しましたが、
十五世 瑞誉上人のときに再建されました。
 
現在の本堂には、
本尊として慈覚大師さん作とされる
阿弥陀三尊が祀られています。
さらに本堂の南にある聖観音像は
恵心僧都さん作とされ、
疫病退散の御利益があるとして
親しまれています。
 
恵心僧都さんというのは「源信」さんのこと。
奈良出身、比叡山で修行を積んだ
平安時代の僧侶です。
死後に阿弥陀如来の来迎を受け、
極楽浄土へ生まれることを願う
「浄土信仰」を広めた僧侶として
知られています。
 
「源信」さんが示した死後の世界のイメージは、
後世へも多大な影響を及ぼしました。
きっと、丹波哲郎さんみたいな
方だったんでしょうね。

posted by 涌井慎 at 17:02 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする