2017年12月05日

京都の名所旧跡ご紹介 76 明光寺

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烏丸鞍馬口あたりにある
浄土真宗本願寺派のお寺です。
「明光寺 京都」で検索しても、
残念ながら「ウィキペディア」しか
情報が出てこないので、
やむなく、とりあえず、
ウィキ情報を参考にします。
 
明光寺は 
浅井長政さんの従弟の了善さんによって
創建されたと伝えられています。
了善さんのことはよくわかりませんが、
本名は井口五郎俊政さんです。
浅井長政さんのお父さん、
久政さんの正室の阿古御料人さんは、
井口氏のご出身なんだそうです。
 
浅井さんは滋賀県北部、
私の故郷の城主ですので、
とても愛着があります。
湖北町音頭にも、その名前が出てきます。
京都にも浅井さんの名前が出てくる
名所旧跡があるのが、少し嬉しいのです。
 
ところで、
これまでいろいろと名所旧跡を
取り上げてきました。
紹介できるほどの情報を得ることができず、
やむなくカットしたお寺も
けっこうあるのですが、
実感として、そういうお寺には
「浄土真宗」が多いように思います。
 
「浄土真宗」は他の宗派と比べて、
“押し出しが強くない”印象があります。
より一般の人々の暮らしに
溶け込んでいるような、
そんなイメージがあるのですが、
ただ、これは私の実家が浄土真宗だから、
そう思うだけかもしれません。

結局、「明光寺」のことも
ウィキしか出てきませんでした。

 最後もそのウィキ情報。
かつて鴨川から
御所まで引かれていた用水の跡が、
2010年、境内で確認されました。
江戸時代から明治末まで使われていたそうで、
いま、現在、一部が復元されているそうです。

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posted by 涌井慎 at 13:09 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月04日

NO.802 安室奈美恵

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このダジャレ弁当も
ついにめっちゃファンキーな
802作目となりました。

「安室奈美恵」で検索して、
ここに辿り着いた皆様、
大変申し訳ありません。

ハムで「ロナミエ」と書いた
「ハムロナミエ弁当」のことしか、
ここには書いていません。

posted by 涌井慎 at 17:46 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

京都の名所旧跡ご紹介75 建勲神社

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船岡山にある神社です。

最寄りのバス亭は「建勲神社前」。
「けんくん神社前」と読みますが、
正しくは訓読みしてください。
「たけいさお神社」です。
織田信長さんを祀っています。
天下を統一した信長さんの偉勲を称え、
明治2年(1869年)、
明治天皇によって創建されました。
 
船岡山は平安京のメインストリート
「朱雀大路」の延長線上にあります。
というか、
朱雀大路が船岡山を起点にしてできた道です。
北を司る神様「玄武」として、
平安京造営の基準点となりました。
 
※ちなみに東は「鴨川(青龍)」
西は「山陰道(白虎)」
南は「巨椋池(朱雀)」
京都検定頻出問題です。
 
平安京の大内裏が失くなった頃から、
船岡山あたりは死者を葬る場所となりました。
船岡山へ遺体を持っていく道の端には、
やがて無数の卒塔婆が
建てられるようになったのです。
その数は千本を越えたということで、
現在の「千本通り」の名前の由来になったとも
いわれています。
 
そんな船岡山、
1582年の「本能寺の変」の後には、
豊臣秀吉さんが、正親町天皇の許しを受け、
信長さんの廟所(霊を祀る場所)と定めました。
 
建勲神社には 信長さんが着用したという
紺糸威胴丸、
桶狭間の合戦で信長さんが
戦利品として持ち帰った
義元左文字と呼ばれる太刀、
太田牛一さんの自筆による本
「信長公記」などの重要文化財はじめ、
信長さんゆかりの宝物が多数のこされています。
 
個人的には 
あまり信長さんに萌えないものですから、
実は山頂の神社へは
まだお参りしたことがありません。
写真は船岡山東麓の鳥居です。
少し体力をつけてから登ってみたいと思う。

posted by 涌井慎 at 16:46 | Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする