2018年06月15日

NO.895 オールスター。

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まさかスニーカーが
お弁当に入ってるとは思わんかった。
昆布ァース。
コンヴァース。

昆布の「ブ」を「ヴ」にするのは
涌井家くらいだろうな。

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posted by 涌井慎 at 13:16 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月14日

京都の名所旧跡ご紹介146 新熊野神社

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東山区今熊野にある神社です。
地名は「今」熊野ですが、
神社は「新」熊野です。
読み方はどちらも「いま」です。
 
熊野信仰の盛んな平安時代末期、
永暦元年(1160年)、
後白河法皇によって創建されました。
後白河天皇は1155年に即位され、
1158年には退位されましたが、
退位後も「院政」を敷かれ、
そのとき、お住まいになられたのが
いまは三十三間堂の東側にある法住寺です。
 
当時は「法住寺殿」と呼ばれ、
新熊野神社は その法住寺殿の鎮守社として
建てられた神社です。
※ちなみに鎮守寺として建てられたのが
三十三間堂。
造営を法皇に命じられたのは
平清盛さんと重盛さん親子です。
 
法皇は一生のうち、
34回も熊野に参詣されていますが、
これは当時としても異常な多さです。
都人にとって熊野詣では 大変なことでした。
そこで、熊野の新宮・別宮として
創建されたわけです。
新熊野神社は長らく、
京の熊野信仰の中心地として栄えました。
 
紀州の「古い熊野」に対する
京の「新しい熊野」
紀州の「昔の熊野」に対する
京の「今の熊野」という
当時の都人の認識が
名前の由来になっているようです。
 
室町時代になると、
観世清次さんが猿楽結崎座を率いて、
ここ新熊野神社で猿楽能を奉納しました。
このとき、猿楽能を
観覧したのが足利義満さん。
 
すっかり猿楽能に関心を持ち、
特に12歳だった
藤若丸の虜になってしまいました。
さっそく義満さんは 藤若丸とその父親を
同朋衆(将軍お抱えの芸人みたいな感じ?)に
加えて、父親を「観阿弥」、
子供の藤若丸を「世阿弥」と
名乗らせたそうです。
 
そんなわけで、
新熊野神社は「能楽発祥の地」とされています。

posted by 涌井慎 at 15:24 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

NO.894 あの壮大な物語を台無しに

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ロードお麩ザリング。
最高やな。

posted by 涌井慎 at 13:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする