2018年02月19日

NO.838 部屋とYシャツと私

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俺たち世代
(だいたい松坂世代と同じ)なら
平松愛里さんの「部屋とYシャツと私」が
女性版「関白宣言」みたいなノリでしたが、
一回り下くらいになると、
(だいたい大谷世代と同じ)
西野カナさんの「トリセツ」が
そんな感じなんですかね。

知らんけど。

取扱説明書なんか
ちゃんと読んだことないわ。
フィーリングやフィーリング。
フィーリングが合えば上手くいくねん。

こと、結婚に関してはそうやと思うわ。
今日のお弁当は「鳥セツ」やと思うわ。

知らんけど。

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posted by 涌井慎 at 17:24 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

京都の名所旧跡ご紹介107 蛸薬師堂

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新京極蛸薬師下ルにあるお寺です。
正式には浄瑠璃山永福寺といいますが、
本堂に「蛸薬師」と呼ばれる
薬師如来さんの石像が置かれているため、
「蛸薬師堂」の名前で親しまれています。
 
その昔、このお寺が二条室町にあった頃、
近くに池があったことから、
水上薬師あるいは
澤薬師(たくやくし)と呼ばれていましたが、
その「たくやくし」が訛って
「蛸薬師」になったといわれています。
 
現在、我々が「七条」の読み方を
「しちじょう」にしたり
「ななじょう」にしたり、
あるいは「中央卸売市場」の「市場」を
「いちば」と読んだり「しじょう」と読んだり。
「ら抜き言葉論争」だったり。
こうした過渡期を経て、
言葉というのは変化していくのでしょう。
 
「たこやくし」も
「たくやくし派」と
「たこやくし派」の抗争を経て、
「蛸薬師」が残ったのです。知らんけど。
 
と言いつつ、別の説もあります。
このお寺にいた善光さんという親孝行な僧侶が、
戒律に背いて、病気の母のために
蛸を買って帰るところを
町の人に見られてしまい、
薬師如来様に「この難からお助けください」と
念じたところ、
蛸の足が八巻の妙法蓮華経に変わり、
難局を逃れたといいます。
 
その後、お母様の病気も
薬を飲まずに完治しまして、
これは親孝行の僧侶を守った
ご本尊の不思議なお力じゃ・・
ということで、ご本尊を
蛸薬師と呼ぶようになったそうです。
 
病気の平癒祈願のために参拝する人々で
賑わった参道は
「蛸薬師通り」と呼ばれるようになりました。
 
それにしても、
蛸を食べたらだめな戒律とは
何だったのでしょうか。

posted by 涌井慎 at 12:26 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

京都の名所旧跡ご紹介106 安養寺

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新京極蛸薬師下ルにある浄土宗のお寺です。
ご本尊の阿弥陀如来様の蓮華の台座が、
逆さになっていることから、
倒蓮華寺(さかれんげじ)とも呼ばれています。
 
言い伝えによりますと、
ご本尊を作る際、
台座がどうしても壊れてしまうので、
蓮華の台座を逆さにしたところ、
阿弥陀如来像が無事、安置できたそうです。
 
なんというか、
新規事業をお考えのビジネスマンにとって、
何かのヒントになりそうなお話です。
あるいは片思いで、
好きで好きでたまらない女の子に対する
アプローチの参考になるかもしれません。
 
成功事例が相次げば、何百年後かに安養寺は
商売繁盛や恋愛成就のご利益で
知られるようになるかもしれませんね。
 
蓮華が逆さになっているのには他の説もあり、
昔は女性蔑視が強かったため、
女性は業が深く、
心の中の蓮華が逆さになっていて、
極楽浄土に往生できないと
いわれていたため、それを救うために
わざと蓮華を逆さにしたとも伝えられています。
このため、女性を救う阿弥陀如来様として
親しまれています。
 
お寺はもともと、
寛仁2年(1018年)、恵心僧都(源信さん)が、
奈良県當麻に建てた蓮台院が始まりで、
後に恵心さんの妹の安養尼さんが引き継ぎ、
「安養寺」と名前を改めたそうです。

やがて天永年間(1110頃)、京都に移り、
天正年間(1573年~1592年)、
豊臣秀吉さんによって、
洛中の多くのお寺とともに、
この地に移されました。

posted by 涌井慎 at 13:40 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする