2017年08月02日

京都の名所旧跡ご紹介 17 高山寺

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本日、夏休み中の長男と
京都市交響楽団のコンサートへ。
0歳児から楽しめるコンサートで、
料金は800円!

800円で京都市交響楽団のオーケストラを
しかも広上淳一さんの指揮で見られるなんて!
α-STATION DJ川原ちかよさんと
広上さんの軽妙なトークも面白かった。

0歳児じゃなくても、
37歳児にとっても、
めちゃくちゃ贅沢で
コスパ最高の企画でした。

というわけで。
本日、お弁当がないので、
京都の名所旧跡案内です。

「鳥獣戯画」で有名な
栂尾にある「高山寺」ではありません。
西大路四条北東角の交番のお隣にある
「高山寺」です。
 
お寺のある場所には 平安時代前期、
淳和天皇が住まう淳和院がありました。
東西230m、南北250m、池に面した
それはそれは華麗な御所であったそうです。
仁明天皇に譲位された淳和天皇
(譲位された時点で「上皇」かな)は、
コチラに当時の文人たちを招き、
宴を開いていたとされています。
 
「淳和院」は別名「西院」と呼ばれていました。
いま、あの辺りが「西院」と呼ばれる所以です。
いまの「西院」には 
貴族たちの遊び場だったという
雅な雰囲気は残されていませんが、
「阪急西院駅」のすぐ近くに
鳥料理をリーズナブルに楽しめるお店があり、
ここで「貴族」が遊んでいたことを思わせる
店名になっています。
 
そんな西院にある「高山寺」。
御本尊は“安産”の御利益で親しまれている
「子安地蔵」様です。
足利尊氏さんが近江の堅田にあったお地蔵様を
コチラに移したといわれています。
のちに足利義政夫人の日野富子さんも
お参りして、義尚を生みました。
 
時は経ち、江戸時代。
この頃、「西院」は
「サイ」と呼ばれていました。
この「サイ」が“三途の川の河原”を意味する
「賽の河原」の「サイ」に通じることから、
「賽の河原」=「西院」と
考えられるようになりました。
 
当時、「賽の河原で大勢の小さな子供たちが、
亡き親を偲んで瓦の石で塔を積んでいると、
地獄の鬼が出てきて
鉄棒で塔を崩してしまうのだが、
このときにお地蔵さんが現れて、
子供たちを助けてくれる」
という内容の歌があったそうです。

この歌の「賽の河原」が「西院」。
「お地蔵様」が「高山寺」におられる
「子安地蔵」だと考えられるようになりました。

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posted by 涌井慎 at 16:50 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする