2017年08月31日

京都の名所旧跡ご紹介31大善院。

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大善院は仏光寺派の寺院です。

仏光寺中興の祖「了源上人」さんの弟子、
武田明信さんによって開かれました。
明信さんは 了源さんが
本山を東山に移した際、そこに留まり、
「南坊」という道場を創りました。
これが大善院の始まりです。
 
天正14年(西暦1482年)、
本山・仏光寺が豊臣秀吉に請われて
東山から現在の場所に移る際、
大善院も現在地に移りました。
この頃は まだ「大善院」という名前ではなく、
寛永10年(西暦1633年)に改称します。
 
その後、天明の大火、元治元年の兵火に遭い、
寺宝などはほとんど失ってしまったようです。
現在の本堂が建設されたのは明治時代末のこと。
平成8年には庫裏と書院が
新たに建築されました。
 
そんな「大善院」、平成17年に
大善院ギャラリー「おてらハウス」が
オープンしました。
ギャラリー内にある「精進カフェ和香」では、
毎週水木金土の4日間、ランチタイムに
「精進ランチセット」をいただけます。
 
「おてらハウス」の入り口には小さなお地蔵様。
コチラは「せんそうこじぞう」様です。
大戦が終わってから、
親を亡くした子供(孤児)が
京都にたくさん集まりました。

戦争のない平和な世界を願い、
日本の戦争孤児の歴史を伝える目的で
建てられたのが、
この「せんそうこじぞう」様です。

地球を抱えておられ、その地球の上には
小さな5体のお地蔵様がおられます。
それぞれ、「戦災孤児」「沖縄の戦場孤児」
「原爆孤児」「引揚・残留孤児」
「混血(国際)孤児」を表しているそうです。
 
こうした史実をもっと身近に感じられれば、
「京都で先の戦といえば応仁の乱」的な
都市伝説も無くなるかもしれない。
この都市伝説も
「京都には空襲がなかった」という
嘘を広めさせているのではないかしら。

とはいえ、
ほんまに「先の戦は応仁の乱」と言う
京都の人、おられるそうですね。

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posted by 涌井慎 at 15:54 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

NO.768。永遠の愛。

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レバーが4つのラブ。
フォーレバーラブ、永遠の愛。

結婚するまでは
永遠ていう言葉なんて知らなかったよね。

昨日、長男に
お父ちゃんとお母ちゃん、
もっと結婚してる感じ出して。
といわれたよね。

結婚してる感じって
どんなんなんやろか。

posted by 涌井慎 at 14:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

NO.767。この世は私のためにある

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北斗の拳で
聖帝サウザー様あたりが
言いそうなセリフですが、
山本リンダさんです。
作詞は阿久悠さんです。

改めて
狙いうちの歌詞を眺めてみるわけですが、
いや、天才ですね。
ほんまに。阿久悠さん。
誰も敵わないですわ。

ウララウララウラウラ「で」
ウララウララウラウラ「よ」
ウララウララウラウラ「の」。
↑こんなん、神がかってると思うわ。

リアルタイムではないけど、
間接的にでも、
その詞世界に触れられる世代で
よかったと思うよ、私。

そんで、
「ニラいうち」する我が妻も、
なかなかのもんやと思います。
さすがやわ。



posted by 涌井慎 at 13:13 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする