2017年07月16日

京都の名所旧跡ご紹介10。武信稲荷神社。

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祇園祭真っ只中なのに、
関係ない神社でごめんなさい。
そして、
お弁当のブログに
そもそも、関係のない記事でごめんなさい。

さて、
右大臣の藤原良相さんが、
「延命院」という一族の療養施設を建てまして、
その守り神として創建されたのがコチラ、
「武信稲荷神社」です。

すごく説明しにくいんですが、
ざっくり言うと
三条会商店街の西友の辺りを
南に下がったところにあります。

後に藤原武信さんという方が
厚く信仰したことから、
その名が付いたといわれています。
 
漢字の第一印象で
武田信玄を思い浮かべがちですが、
なんの関係もありません。
有名な歴史上の人物ですと、
信玄さんより、坂本龍馬さんに縁があります。
 
江戸時代末期、龍馬さんは追手から逃れるため、
妻のおりょうと
離れ離れの日々を送っていましたが、
そんなとき、龍馬さんは
二人の想い出の場所である
この神社にそびえ立つ、大きなエノキに
「龍」の字を彫りました。
 
「おう、わいや。龍馬や。
これで、べっぴんの嫁のおりょうも、
わいがここに来たことがわかるやろ?」
↑土佐弁に自信がないので
番長日記風にしてみました。
 
そうして二人は晴れて再会を果たしたのでした。
そんなわけで「武信稲荷神社」には、
縁結びの御利益を求めて
参拝される方も多いそうです。
 
さて、では「武信稲荷神社」が
なぜに二人の想い出の場所なのか?
当時、神社の前には獄舎がありまして、
おりょうのお父さんが捕らえられていました。

お父さんは勤王の志士たちを支援したため、
安政の大獄で捕まっていたんです。

おりょうはお父さんを心配して、
恋人の龍馬さんと共に、
面会に向かうのですが、果たせず、
やむなく、高いエノキに上って、
木の上から安否を確かめたんだとか。
 
しかしながら、二人の出会いは
おりょうのお父さんが
亡くなった後だったという説もあり、
真偽は不明です。

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posted by 涌井慎 at 16:08 | Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祇園祭前祭の宵宵山。昨日のお話。

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昨日はコレがありまして。
すっかりブログのアップを
忘れてしまいました。。

今年は3連休が
宵宵山、宵山、山鉾巡行と、
カレンダーの魔術がありまして、
例年より人が多いみたいです。

といっても、
毎年50万人くらい来てますので、
50万人が51万人に変わろうが、
正直あまりわかりません。

5人が10人に増えたら
間違いなくわかるのに、
50万人が51万人になってもわからないって
不思議ですね。

今日は昨日の宵宵山より、
人が多くなりそうです。
ニッポンの夏、京都の夏。

本日、祇園祭前祭の宵山です。

posted by 涌井慎 at 09:50 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする