2016年11月26日

天声人語風。

「降水確率50%」とはどんなものだろうか。
意外と説明できる人は少ないかもしれない。
長年、気象庁に勤め、
「天気の番人」と呼ばれた
故・芝又三郎によれば、
「雨が降るか降らんかなんぞ、
そんなものはいつでも半々。
人間が自然の叡智を測るなどということは、
本来あってはならない」
(著書『金魚警報発令中』より)。
酒の席での戯言を
後輩の気象予報士・吉川五右衛門が
書き留めていた。ただ、実際は違う。
天気予報の「降水確率」というのは、
同じ気象条件で過去に
雨の降った確率のことをいう。
「降水確率50%」なら、同じ気象条件で
過去に雨が降った確率と
降らなかった確率が同じだということだ。
これを続けていけば、世の中に
「降水確率」が誕生したときに比べると、
刻一刻データは集積され、昨日より今日、
今日より明日の「降水確率」が
より信頼できるものへと変わりゆくわけだ。
おそらく、いま降水確率が「0%」なら、
ほんとに絶対雨は降らないだろうし、
「100%」なら確実に降るだろう。
膨大なデータの集積で、
予報をより確実なものにしていく。
ある意味「雨降って地固まる」かもしれない。
我々人間もそうやって
「経験」を大切にする生き物だ。
「同じ条件で抱く思考」は、
経験が重なるたびに似通っていく。
そうやって「自分」というものが
築き上げられていき、他人との些細な違いに
イライラしたり、昔は許せていたことが、
次第に許容できなくなる。
ガンコじじいのできあがりだ。
芝又三郎は晩年、吉川五右衛門に
こんなことも言っていたそうだ。
「わしが雨といえば雨なんだ。」
吉川が後日、小紙に寄せた一文が洒落ている。
「雨降ればジジイも固まる」。
もちろん頭のことだ。
次期大統領の数々の暴言などを見るにつけ、
いつまでも「半々」でいたいと思う。



※「天声人語」ってこんな感じですよね?
っていう感じの文章を書いております。
お弁当のない日はいろいろと、
遊びを入れたいと思っております。





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posted by 涌井慎 at 13:15 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする