2019年02月24日

2019年02月23日

京都の名所旧跡ご紹介206 聖光寺

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聖光寺
 
寺町綾小路下ルにある
浄土宗鎮西派のお寺です。

この場所には平安時代後期、
仏師の康慶さんの住まいがあり、
お庭には弁長さん
(のちの鎮西上人)の庵が
あったといわれています。

弁長さんは8年間、
この場所から法然上人のもとに通い、
浄土宗の教えを
受け継いだと伝えられています。 
 
お寺は元久元年(1204年)、
弁長さんの帰郷に際して、
康慶さんがその別離を悲しみ、
弁長さんそっくりの絵姿を庵に置いて、
「聖光庵」と名付けたことに
始まるといわれています。 
 
本堂には、鎌倉時代の作と伝えられる
嵯峨式釈迦如来立像が祀られていて、
寺宝としては清海曼荼羅、
当麻曼荼羅を所蔵しています。 

境内には大石良雄さんのお母様と、
綿屋善右衛門好時さんのお墓があります。
大石良雄さんというのは
大石内蔵助さんのことです。

posted by 涌井慎 at 15:56 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

名作リバイバル 米米クラブ

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お米の上にカニがいて、
タマゴの黄身が乗っています。

米米クラブ、
黄身があるだけで。

こんなん、わかるか!



posted by 涌井慎 at 14:49 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月21日

京都の名所旧跡ご紹介205 空也寺

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空也寺
 
寺町仏光寺下ルにある浄土宗のお寺です。
 
972年(天禄3年)、
空也上人が錦小路西洞院に開きました。
当初は天台宗のお寺だったそうです。
 
のち敬蓮社見誉さんが中興、
1591年(天正19年)現在の場所に
移転しました。
本尊は阿弥陀三尊、
本堂には空也上人像が安置されています。
あ〜〜〜〜んち!!
 
本堂に祀られている釈迦如来坐像は
鉄製で鎌倉時代に作られたとされていて、
藁の縄で縛って祈願すると
「おこり」が治ると伝えられていますが、
現在は行なわれていません。
「おこり」というのは疫病のことです。
 
平成12年2月には本堂の落慶を記念して、
空也上人が洛中を「念仏踊り」をした際、
十一面観音を台車にのせて
廻ったという故事にちなんで、
十一面観音立像が新たに造られました。

posted by 涌井慎 at 16:33 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月20日

名作リバイバル プロゴルファー

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猿じゃないですよ。
猿よりすごい、虎です。
タイガーウッズラ。



posted by 涌井慎 at 12:54 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

NO.981 ナメたらあかん

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もうダジャレ弁当の新作は
出てこないのかと
あきらめていましたが、
ナメたらあきませんね。

人生なめずにこれなめたい。

エンドウよしみ。

これや、これやねん。
だから何やねん?ていうダジャレ弁当。
最高やな。

posted by 涌井慎 at 15:43 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月18日

京都の名所旧跡ご紹介204 乘願寺

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乘願寺
 
寺町仏光寺下ルにあるお寺です。
 
ネットではオフィシャルな情報を
手に入れられなかったのですが、
個人のブログの情報を拝借しますと、
乘願寺は 
もともと五条坊城付近にあって、
豊臣秀吉さんの京都改造の際、
寺町に移ったそうです。
 
当時は3000坪ほどの敷地をもつ
大きなお寺でしたが、
明治時代の神仏毀釈によって、
狭くなってしまいました。
 
境内には加藤清正さんの重臣で、
「四天王」のひとりと言われた
森本儀太夫さんのお墓があります。
 
そして、中庭に隠れるようにして
置かれているのは
森本儀太夫さんの息子、
森本右近太夫さんのお墓です。

森本右近太夫さんは、
鎖国で厳しい弾劾が始まった
江戸時代の初期(1632)に、
カンボジアのアンコールワット遺跡に
出向き、仏像四体を納め、
父母の後生を願い、
墨書で記録を残して帰国した人物です。
 
帰国後は父の生まれ故郷の京都で
ひっそりと隠れ住み、
父とともにこの乘願寺に葬られたと
いわれています。
 
あくまで個人のブログによる情報なので、
定かではありませんが、
このブログの筆者によりますと、
乘願寺の住職さんに
直接聞いた話らしいです。

posted by 涌井慎 at 15:25 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする