2019年11月12日

ミスターX

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久しぶりに我が家に
ミスターXがやってきました。

サンタクロース以外にも
サンタクロースみたいなやつが
存在してもいいと思うんですよね。

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posted by 涌井慎 at 00:39 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月16日

10月15日 弁当と関係ない日記

先日 表現の不自由展のことを

会社の後輩女史と話していました。


後輩女史は 私の思いも寄らない

感性から意見を言うことがあり、

目から鱗とはこのことか、

と思うことが司馬懿仲達で、

とても面白いのですが、

何かと世間を騒がせた

表現の不自由展についても

非常に面白い見解であった。


どんな言い方だったかは忘れたが、

要は あんなものは

炎上して中止になるまでが

セットになってるものなんだから

再開なんてする必要はなかったのに、

というようなことを言っていて、

確かにそうかもしれん!と、

何年か前のM-1グランプリで

フットボールアワーが披露した漫才の

岩尾のセリフのように、

(誰が覚えてるねん)私は膝を打った。


確かにあれは、

中止にいたるまでの全てこそが

見世物であった気もする。


税金の使い方とか、

補助金の在り方とか、

その辺のことは

とりあえず無視してます。


そう、この、

「無視することの強さ」を

感じるのだ。

古今東西、強いリーダーシップを

発揮する人間というのは、

みんな、この強さを

持っているように思う。


私は逆に右も左も上も下も

東も西も北も南も

うかがえるものは全部うかがって

結果判断できない、という、

とんだ優柔不断男で、

それゆえ慎重であり、

(臆病ともいうが)

大きな失敗をすることもないが、

大成功もおさめない。


誰彼構わずに いい顔しているだけでは

限界が早く訪れるわけだ。

限界を遠くに設定するために

何が必要なんかというと、

おもいきって何かを無視してしまう。

このことが大切なのだ。


やっぱり人との会話が

生み出すものを

みくびってはいけないね。


意見の合わないことも

しばしばの司馬懿仲達ながら

意見の合う人ばかり集まっていても

目から鱗は落ちない。


それなのに

巷によくいるおじさんたちは

どうして 意見の合う人、

あるいは意見を合わせてくれる人、

としか会話を

しないようになるのだろうか。


目の中に鱗がなくなってしまったか。

あるいは落ちるときに痛むのか。

あのおじさんたちの

仲間にならないためにも、

やっぱり私は いつもどこでも

優柔不断でいいから、

聞く耳を持ち続けていかないと。






posted by 涌井慎 at 00:56 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月15日

10月14日 弁当と関係のない日記

日記っぽいことも

残していきたいと思い、

この場を借りて日々の気づきを

書き留めておきたい。

いつまで続くか知らんけど、

書けるときは書いておきたい。


先日 家族で話していたら

妻が面白い切り口を披露してくれた。


我が国の首相の話、

いや、首相を何かにつけて

バッシングする人たちの話だ。


最近でいうと、

台風19号の災害に対することは

何一つ発信せず、

ラグビーが決勝進出したときは

即発信したことが、

バッシングの対象となった。


あれについて、

いつもバッシングする人たちは

首相が ラグビーのことを

発信するのを実は

待っているんじゃないか、

というのがその切り口だ。


面白いと思った。


文句を言いたければ

ミスがなければいけない。

ラグビーの祝福をすることが

ミスかどうかは置いておいて、

何か文句を言えるきっかけがないか、

といつもいつでも、

そのきっかけを探しているわけだ。


例えば迅速に台風の災害について

的確な指示を出し、

ラグビーの祝福も控え、

最小限の喜びの言葉にとどめたなら

実は攻撃したい人たちは

逆に舌打ちするのではないか。


だとしたら、

果たして その攻撃は

いったい何のためのものなのだろう。


粗探しに熱中している人ばかりでは

もちろん無かろうが、

首相憎しの感情が先立っていては、

見えないものもある気はする。


人との会話は

新しい切り口に出会う機会となる。

いま この国の誰しもに必要なのは

「聞く耳」ではないだろうか。

そして それが最も必要なのは、

やっぱり首相なのかもしれない、

という気もする。


おやすみなさい。



posted by 涌井慎 at 00:37 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月13日

運動会行きたかったわ

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久しぶりの更新です。

こちらではダジャレ弁当のないときは

家族の話でも。


来週の土曜日、

長男の運動会なのですが 私、

仕事で行けないので、、

「運動会 行きたかったな〜」と

言ったら長男が

「運動会 まだやで」と返してきた。


確かに今、私は

まだ始まってもいない

運動会のことを過去形で

「行きたかった」と言ったな。


しかし、その用法は間違いではない。

未来の出来事であっても 

起こることが

確定されている場合には 

過ぎたこととして表現しても

問題が無いということなんかな。


この場合「運動会 行きたいな〜」と

言ったら「行ける可能性」が出

てきてしまう。

「絶対に行くことはできないけど 

希望としては行きたい」という

ニュアンスを出すには

やはり「行きたかったな〜」と

過去形にしないといけません。


日本語って難しいですね。


posted by 涌井慎 at 15:34 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月17日

NO.981 マライアキャリーを芋っぽく

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EMOTIONじゃなくて
IMOTIONです。

IMOTIONでもマライアなら
売れたでしょうか。
それともヒットには
ならなかったでしょうか。

通算1000作まであと19作です。

posted by 涌井慎 at 14:28 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月06日

智恵子抄

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智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切つても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山あたたらやまの山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

亜希子は白米に文字を書いたといふ、

謎を解いてほしいといふ。

私は驚いて食べてみる。

白い米の上に在るのは、

苦くて辛い

むかしなじみのキレのある味だ。

薄くて見にくい白米の上の文字は

こげ茶と黒とクリーム色まじりだ。

亜希子は遠くを見ながら言ふ。

大文字山だいもんじやまの山の上に

毎日出てゐる青い空が

亜希子のほんとの空だといふ。

胡椒で「ちえ」と

書いているのである。


最後まで読んでいただいた皆様、

ありがとうございます。

「ちえ胡椒」



posted by 涌井慎 at 12:16 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

次男はワクイ

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次男は自分のことを
「ワクイ」といいます。
この子の幼い言葉には
不思議な力がありまして、
ときに その言葉に
助けられることがあるのです。

今日もそうでした。
大人はいろいろ考えるおかげで
本質を見られなくなったり、
見ないようにしたりしますが、
子供は もっと簡単に考える分、
真理に近いところにいるのだなぁ、
と感じたのでありました。


仕事がね 

しんどいのだよと 

こぼしたら

やめたらいいよと

とぼけるワクイ


posted by 涌井慎 at 02:09 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする